1. ポーターの競争戦略
企業は市場において、自らを競争から解放する方法を模索します。ポーターはこの非競争状態を「競争上の優位性」と言い換え、その獲得には以下の3つの基本戦略が効果的であると主張しています。
(1) コスト・リーダーシップ戦略(低原価戦略)
経験曲線という概念の普及により、1970年代から重要視されるようになった戦略があります。それは、競合他社よりも低い原価を達成することによって、コスト面でのリーダーシップを確立するというものです。この戦略により、市場占有率を高め、規模の経済効果を享受し、さらなるコスト削減を実現することができます。この戦略は、業界最大手の企業がしばしば選択するものです。
この戦を実現するためには、
- 効率のよい新規の生産設備の導入、
- 厳しい原価管理や予算統制などを行い、
- R&D(研究・開発)や広告のための費用を最小限に切り詰めること
が必要です。
(2) 差別化戦略
自社の製品やサービスに他社には見られない特色を出すことによって、独自性を打ち出す戦略です。
独自性を打ち出すには、
- 品質やデザインの面で特徴を出したり、他の製品にない機能を付加したりして製品そのものに関わる特異性を出すこと、
- 包装や広告・宣伝により社会的認知度やイメージを高めること、
- 販売の経路やアフター・サービスの体制で差をつけること
などの各種の方法があります。
差別化戦略は、他社にはない付加価値を提供することに重点を置いています。そのため、マーケットシェアは一般に高くない傾向があります。また、コストリーダーシップ戦略とは異なり、差別化戦略を実現できる企業は業界内に必ずしもひとつだけではありません。
(3) 集中戦略
集中戦略は、市場を細分化し、自社の能力に適合する特定のセグメントに焦点を絞り、そのセグメントにおいてコスト面または差別化の面で競争上の優位性を確立しようとする戦略です。
コスト・リーダーシップ戦略と差別化戦略は、業界全体においてそれぞれの目的を達成しようとしますが、集中戦略は特定のセグメントに競争を集中させ、そのセグメントで低コストや差別化、あるいはその両方を実現することを目指します。
ここでのセグメントは、特定の顧客タイプ、特定の用途に特化した製品、あるいは特定の地域などが考えられます。
2. 戦略のリスク
(1) コスト・リーダーシップ戦略のリスク
- 過去の投資や習熟がムダになってしまうようなテクノロジーの変化の出現。
- コストにばかり注意を集中するために、製品やマーケティングを変えなければならない事態を見忘れてしまう。
(2) 差別化戦略のリスク
- 低コストを実現した業者と差別化を果たした業者のコストの差があまりにも開きすぎてしまい、差別化によるブランド・ロイヤルティが維持できなくなる。
- 差別化の要因に対する買い手のニーズが落ち込む。
(3) 集中戦略に伴うリスク
- 戦略的に絞ったターゲットと市場全体で要望される製品やサービスの間に品質や特長面の差が小さくなる。
- 戦略的に絞ったターゲットの内部に、さらに小さな市場を同業者が見つけて、集中戦略を進める企業を出し抜いてしまう。
3. 戦略間のトレード・オフ
ポーターは、一般的にコスト・リーダーシップ戦略と差別化戦略はトレードオフの関係にあると指摘し、両方を同時に追求することは困難であると警告しています。
ただし、ポーターは例外的なケースとして、以下の3つの条件が整えば両方の戦略が一定の程度で両立する可能性があると述べています。
(1) ライバル企業が、コスト・リーダーシップ戦略と差別化戦略の両方を追い求めて、中途半端になっているとき、自社は一時的に両戦略について優位に立ちます。
(2) 市場シェアがかなり高く、低コストが達成されているときは、コストをかけて差別化戦咯を打ち出すことができます。
(3) 技術革新で他社を出し抜いている場合、他社に対して両戦略で優位に立つ可能性があります。
4. 価値連鎖(Value Chain)
ポーターの戦略論では、まず5つの競争要因の分析を通じて魅力的な業界を選択し、次にその業界の中で、上記で見た3類型の基本戦略から魅力的なものを選択します。
戦略を実現するためには、さらに企業の個々の活動を分断させずに、整合化していく必要があります。そのためのフレームワークが価値連鎖です。
(1) 価値連鎖(バリュー・チェーン)
価値連鎖(バリュー・チェーン)は、ポーターが提唱したものであり、企業の活動を通じて生み出される価値の構造を体系化したものです。このコンセプトでは、企業が提供するものに対して消費者が支払う金額である価値を重視しています。
価値連鎖は、価値創造活動とマージン(利益)から成り立ち、価値創造活動は主活動と支援活動から構成されています。そして、価値創造活動とマージンを合算することで、企業が生み出す価値が形成されます。
主活動は、(1) 購買物流、(2) 製造、(3) 出荷物流、(4) 販売・マーケティング、(5) サービスという5つの活動からなります。これらの活動は、製品やサービスを顧客に直接提供するために関与する活動です。
一方、支援活動は、(1) 全般管理(インフラストラクチャー)、(2) 人事・労務管理、(3) 技術開発、(4) 調達という4つの活動に分類されます。支援活動は、製品やサービスの提供プロセスには直接的には関わらないものの、主活動を遂行するために必要不可欠な活動です。
なお、主活動の「購買物流」と支援活動の「調達」は、表面上は似ているように思われますが、前者は製品の原材料を外部から購買する活動を指し、後者は広範な内部の必要な機能を外部から調達する活動全般を指すという違いが存在しています。
(2) 価値連鎖(バリュー・チェーン)の活用
価値連鎖(バリュー・チェーン)は、企業の事業活動を機能ごとに分析し、どの機能が付加価値を生み出し、どの機能が強みや弱みを持つかを把握し、事業戦略の有効性や改善の方向性を探るためのツールです。この手法を用いることで、企業活動のどの部分で付加価値が生まれているかを分析することができます。特に経営分析においては、内部分析の一環として活用され、自社の強みや弱みを把握することができます。自社の強みをどのように活かすかは戦略的に重要であり、価値連鎖は経営戦略の構築に役立ちます。また、企業がコスト競争や差別化競争を追求する際にも、事業戦略の検討に利用できます。
ただし、価値連鎖の中の一部の活動だけがコスト低減や差別化を実現していても、それ単体では有用性は高くありません。企業は個々の独立した活動の集合体ではなく、相互に依存し連携しながら価値を生み出しているシステムです。したがって、企業全体の活動が相互に連結されることで競争優位が生まれるのです。
5. VRIO 分析
VRIO分析は、競争優位性を生み出すために企業の内部資源を評価するための代表的な手法です。この手法は、バーニーによって提唱されました。VRIOとは、企業の経営資源が持続的な競争優位を発揮するかどうかを評価するための4つの視点の頭文字を表しています。以下の 4つの視点のうち、(1) 経済価値、(2) 稀少性、(3) 模倣困難性という3つの視点は経営資源の優位性を評価するための視点ですが、(4) 組織の視点はその資源を企業が有効に活用し、高い業続に結びつけられるかどうかを確認する視点です。
(1) VRIO分析の4つの視点
経済価値(Value)
企業が外部環境における機会をうまくとらえることに貢献するか、脅威を少なくすることに貢献できるか否かで、経営資源を評価する視点。
稀少性(Rarity)
その資源を保有しているのが、ごく少数の競合企業かどうかで経営資源を評価する視点。
模倣困難性(Inimitability)
競合他社が容易に模倣できるか否かで経営資源を評価する視点。
組織(Organization)
その経営資源を十分に活用できるような仕組みが整っているかどうかで評価する視点。
6. 産業クラスター
ポーターは、産業クラスターという概念を提唱しました。産業クラスターは、愛知県豊田市や京浜・阪神・中京・北九州工業地帯などのように、1つまたは複数の産業に携わる企業群が地理的に集まり、特定の産業構造を形成する現象です。これらの企業や機関は、共通性や補完性によって結びついています。
従来の産業集積論が土地や天然資源などの伝統的な生産要素を重視しているのに対し、産業クラスターでは、科学技術インフラ、専門的知識やスキル、先進的顧客ニーズなどの新しい生産要素の重要性に注目しています。例えば、シリコンバレーはハイテク産業の集積地であり、ハリウッドはエンターテイメント産業の集積地です。これらの地域では、同じ産業の企業が集まることで競争をしながらも協力し合い、競争力を高めています。
ポーターは、地域が特定の産業で強い競争力を持つためには、以下の4つの要素が必要だと指摘しています(ダイヤモンド・モデル)。
(1) 要素条件
産業の競争にとって必要な生産要素(労働力、土地、原材料、科学やノウハウといった知識、資本、物流、通信といったインフラストラクチャー) がどれだけ国内に整っているか。
(2) 需要条件(国内市場の需要の質)
要求水準の高い、洗練されたユーザーが国内に存在していることが特に重要。
(3) 関連・支援産業
国際競争力を持つ供給産業や関連産業が国内に存在することが重要。新しい技術を導入したり、新しい生産プロセスに移行しようとするとき、これらの産業は、パートナーとしての役割を担います。
(4) 企業の戦略・構造・競合関係
企業がどのように組織され、経営され、競合しているか。
ダイヤモンドの各要素が産業にとって好ましい条件であると、産業は成功する可能性が高くなり、さらに国内市場での激しい競争を勝ち抜いた企業は国際市場においても強い競争力を持っていることになります。
ダイヤモンド・モデルは、各国の産業の競争優位に関する調査結果をもとに、産業の競争優位は国内における上記の4つの決定要因が相互に関連しあい形成されるということを指摘したモデルです。
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